Figures
國光氏 -The Kunimitsu Family-
岩戸八幡宮や周辺寺社に奉納された石造物には、寄進者として國光姓の人物の名が多く刻まれている。
出自を「藤原末葉」と記すその銘文は地方有力家系としての誇りと、神仏への深い信仰心を今に伝えている。
國光氏は、日野朝臣藤原資朝の後裔と伝えられ、もともとは豊前国出身で松原姓を名乗っていた。大内義興の家臣、松原出雲守興利は戦功を上げ、多々良性を賜り、周防國熊毛郡美和庄岩田を本貫の地とされた。
のち大内義隆が滅亡の頃、松原隆度が義隆から國光銘の鎧通一振を拝領。それを契機に國光新太郎と改称したことが國光氏の始まりとされる。孫の景治は岩田村の庄屋となり、三代続いたのち乃美家の家士となった。
大日坊所蔵棟札
奉再興大日堂一宇 国家安全 諸人快楽祈所
于時元禄七暦甲戌十二月吉祥日
大願主乃美三郎兵衛隆寛 法主大日坊正覚寺深教 願主國光兵左衛門 庄屋市兵衛
この資料からも乃美家との関係性が伺える。その後、國光喜兵衛が乃美家を離れた。
元禄7年(1694)-安永3年(1774)
國光 喜兵衛 完儀
長年、岩田・雨桑の庄屋、熊毛郡大庄屋役を勤め、生涯、私財を投じて貧民や窮民の救済し、藩や幕府にも貢献した。
View Profile — 生没不明國光 喜兵衛 利晴
初代喜兵衛を継ぎ、庄屋、大庄屋役を勤める。孟雅と共に一族の繁栄を支えた。
View Profile — 生没不明國光 茂左衛門 孟雅
藩への度重なる貢献により士分に取り立てられ分家となる。
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大日坊所蔵棟札
宝暦八 奉再興八幡宮一宇 願主國光完儀 山城重左衛門 國光武七郎
國光喜兵衛・完儀・友義は活動時期と役の記録から同一人物と考えられる。武七郎は完儀の兄弟の可能性が高い。